嘘と捏造は、こうして作られる

【韓国の反応】韓国の統計サイト、「不都合な事実」を削除して投稿者を追放「日帝時代、炭鉱の日本人と朝鮮人の賃金に差がなかったことを証明する統計資料だったが…」: 【韓国の反応】みずきの女子知韓宣言(´∀`*)さんのブログから引用です。
http://oboega-01.blog.jp/archives/1070539450.html
-以下引用-
統計の庭に「不都合な真実」を上げたところ、追放・削除…政治に染まった統計学

バンダービルド

最近「資料の調査」という統計を議論するフォーラムで、日帝時代の「不都合な真実」を盛り込んだ統計を公開したという理由で関連のスレッドが削除され、その資料をあげた学者がフォーラムから追放されるという事態になった。
フェイスブックベース統計フォーラム「統計の庭(Statistical Ground)」は、イオヨン落星垈経済研究所研究委員が12日から15日にかけてこのフォーラムに投稿した多数の統計議論スレッドを一方的に削除した。
スレッドと共に真剣な議論をしていた複数のメンバーのコメントもすべて消された。
この研究委員が投稿した統計というのは、日帝時代の炭鉱の賃金台帳についてのグラフである。 
1944年5月、長崎郊外の江迎炭鉱の運炭部に所属していた鉱夫119人に賃金を支給した帳簿を統計学的に分析したものである。
当時運炭部には、日本人が66人、朝鮮人53人が所属していた。
イ研究委員によると、日帝時代に炭鉱で一緒に働いていた朝鮮人と日本人の個別情報が盛り込まれた賃金台帳が発見されたのは今回が初めてである。
帳簿を見ると、朝鮮人と日本人の年齢や勤続年数の違いが明確に区分されている。
鉱山労働者の賃金は基本的に成果給の方式で、はじめて鉱山に来た若い朝鮮人たちと、長い間鉱山労働者として働いてきた日本人の賃金に差があるのは当然だった。
イオヨン研究委員は、先進的な論文で、日帝時代の炭鉱において、日本人と朝鮮人を組織的に差別するようないかなる制度もなかったという点を明らかにしたのだ。

さて、すると一部のメンバーが、イ研究委員の資料を「政治的」といって運営スタッフに削除を要請しはじめた。
イ研究委員のスレッドにはたくさんのコメントがついた。
フォーラムの運営スタッフは、「該当の文は統計情報の共有ではなくて、政治的な目的で書かれた文章なので、趣旨に合わないと判断します」と通知して、15日にイ研究委員が上げた関連記事をすべて削除してしまった。 
12日に初めての投稿をしてからの3日目のことだった。
似たようなことはフェイスブックベースの「統計分析研究会(statistics analysis study)」と呼ばれるフォーラムでも起きた。
イ研究委員はここにも同じ資料を上げたが文が削除されたのだ。
彼は現在「統計の庭」と「統計分析研究会」の両方から「追放」された。
もう二度と記事を上げることができなくなったのだ。
イ研究委員は、証言に頼るのではなくて、歴史的史料を重視する韓国経済史の学者であり、いわゆる「強制徴用説」が虚構だということを立証する論文を発表してきた。
彼は大学生の時には学生運動の先頭に立って火炎瓶を投げていたし、今は政治的には左派性向だが、学者として決して歴史について嘘をついてはならないという所信を持っている。

イ研究委員は、「大多数の韓国人たちは、1939-1945年に日本に動員された朝鮮人たちが、日本人とは違って、『民族差別』されて、賃金を受け取っていないか、またはあまりにも少なくて無賃金も同然だったと思っている」とし「このような韓国人たちの『常識』はどこから来たのか?」と反問した。
それとともに、「最近だと韓国の『日本の労務動員研究者の主張』であり、よりさかのぼると朴慶植の本『朝鮮人強制連行の記録』がまさにそれである。朴慶植のこの本は『強制連行と強制労働』や『奴隷狩りと奴隷労働』を主張する人たちにとってはバイブルである」と強調した。
問題は、朴慶植の主張する民族間の賃金差別についての主張の根拠は、たった一つの表に由来したものであり、朴慶植はその表の数値を歪曲しただけでなく、変数を考慮しなかったというのがイ研究委員の主張である。
イ研究委員は、次のような趣旨でこの問題について言及した。

<<朴慶植は「民族的賃金差別」の数量的根拠として提示したものは何だろうか?
一般の国民や統計学の専門家たちは、当時の朝鮮人と日本人の賃金について、多くの調査が行われて、その結果として多くの資料があって、朴慶植もそれに基づいて主張していたのだろうと漠然と想像しているのだろう。
しかし実際には決してそうではない。
そのような広域的な調査など行われたこともないし、当然そのような資料もない。
朴慶植は、日本労働科学研究所というところで1941年に調査し、1943年に発刊した「朝鮮人労務者勤労状態に関する調査報告」の一つの表に含まれている「D炭鉱」1つの事例を引用しただけだ。
この表によると、全体の朝鮮人の75%が50円未満を1ヶ月の賃金として受けていたのに対し、日本人はその82.3%が50円以上の賃金を受けている。
朴慶植はこれを根拠にして「民族的賃金差別」を主張していた。
しかし朴慶植のこの記述は歴史研究者として許されない欺瞞行為であり、統計の歪曲である。
研究者なら、上記のような賃金差が何故あったのか、疑問を持たなければならなかった。
ただ「民族差別」だけを主張すれば気楽だろうが。
驚くべきことに、当該資料のすぐ前、169-170ページには、民族別の勤続年数分布表が掲載されている。
第三の写真で朴慶植が引用したD炭鉱を見ると、朝鮮人は74.8%が勤続年数1年未満なのに対して、日本人は70.4%が1年以上の勤続年数である。
炭鉱での生産性は、熟練度に依存していたし、それは経験を通して形成されるものである。
これは当時も常識だった。
同じ賃金体系を適用していたとしても、生産性が低い人々の賃金は相対的に低かった。
ほとんどが成果給だったからだ。
前の投稿において、朝鮮人の基本給の平均は日本人よりも低かったが、日本人よりも高い基本給を受けている朝鮮人たちもたくさんいたのは、そのような理由があったからである。
「賃金の民族差別」を想像・前提にしている統計専門家たちの主張を見ていると、私には「統計学に民族はなくても、統計学者には民族がある」と言い張っているように聞こえる。>>

イメージ 1


イオヨン研究委員が発掘した1944年5月長崎郊外の江迎炭鉱の運炭部に所属する鉱夫119人に賃金を支給した帳簿を統計学的に分析したグラフである。
朝鮮人と日本人の年齢と勤続年数の違いが明確に表れている。鉱山での賃金は基本的に成果給システムで、はじめて鉱山に来た若い朝鮮人たちと長い間鉱山労働者として働いていた日本人に賃金の差があるのは当然だった。イオヨン研究委員は先進的な論文で、日帝時代炭鉱で働く日本人と朝鮮人を組織的に差別するいかなる制度もなかったという点を明らかにした。


D炭鉱での朝鮮人(半島人)勤続年数。

イメージ 2



D炭鉱での日本人(内地人)勤続年数。

イメージ 3


☞今日の韓国人たちが主張している日帝時代の関連事項は、ひどい言い方をすると、そのうち90%以上は捏造と誇張、歪曲に満ちたフィクションだと見てほぼ間違いない。
韓民族は嘘と捏造が生活化している。

バンダービルド
引用ソース
https://www.chogabje.com/toron/toron22/view.asp?idx=&id=150057&table=TNTRCGJ&sub_table=TNTR01CGJ&cPage=1
-引用ここまで-
以前も書きましたが、バンダーさんは親日ではなく
ただの"用日"南朝鮮人です。