あるツイートから

2016.9
Re:・・・stさん(@・P_・・・st)さんのツイートから引用です。
▼以下引用▼
メディアで「A級戦犯が合祀されている靖国神」という表現を使うところがありますけど、昭和31年3月に「A級戦犯」全員赦免・釈放。
昭和33年5月「BC級戦犯」全員赦免・釈放。

サンフランシスコ講和条約第11条第2項に則り可決

靖国に戦犯はおらず、公務死した英霊だけです。
▲以上引用▲

BC級戦犯(尚、日本に於いては殆ど※B項しか適用されていない)は、殆どが朝鮮系日本兵(朝鮮人)です。
※B項とは「通例の戦争犯罪
A項は「平和に対する罪」
C項は「人道に対する罪」

B項で裁かれた者を、B級戦犯と言います。(A級、C級戦犯も然り。)
余談)「A項は、戦争指導者を裁く名目」「B項は、戦争の現場での悪事を裁く名目」と言う解釈で良いと思います。
C項は分かりにくく、確かな解釈ではありませが、(例えば)虐殺などの行為を特別に指す類らしいです。

ポツダム宣言の第10項には「捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されること。」とあり、例え軍属であろうと、虐待を直接行った人間は処罰されたのです。
朝鮮人戦犯:148人中、129人が捕虜監視員をしていた事からも、朝鮮人監視員の虐待の程度が理解できると思います。

戦地に朝鮮系日本兵と出向く際には、朝鮮系日本兵1人に対し必ず日本兵2人が同行していたようです。

朝鮮系日本兵は、敵を目の前にしたり、危険な状況になると真っ先に逃げてしまい全く戦力にならなかった為、捕虜監視員を任せたのです。
そして朝鮮系日本兵は、捕虜を虐待しつくしたのです。