南朝鮮人に都合の悪い事実・3

▼迎恩門
朝鮮国王が、中国の皇帝の使者を迎えるために作った門。

▼三跪九叩頭の礼
顔を地面に打ち付けて行う礼で、中国皇帝の使者を迎えました。
ここから、「中国皇帝>>中国の使者>>朝鮮王」の身分関係がわかります。
朝鮮の王様は、中国の皇帝の家来よりも身分が下だったのです。

▼属国当時の実態
国家主権が一切認められていなかった。
「朝鮮」という国号は、李氏朝鮮初代の王になった李成桂が、明王朝にお伺いを立てて、決めてもらった
もの。(ちなみに「朝鮮」は、「朝(みつぎもの)」「鮮(すくなし)」という意味。)

中国朝廷が、朝鮮の王妃や王太子の廃立も決定できた。
使節がくると、朝鮮国王は高官を引き連れて迎恩門まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて、使節に敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。

貨幣鋳造権は朝鮮にはなかった(?)。

不衛生きわまりない衛生状態にあり、はげ山ばかりで木々がない。

識字率は数パーセント。(ハングルは日本統治後から普及)

大韓帝国成立
日清戦争で日本が勝利し、日本は清に「朝鮮は独立国」と認めさせました。
こうして大韓帝国が成立したのです。

日本統治が行われる前までの朝鮮は、あまりにも未開で悲惨だったという事実を知らなくてはなりません。