ち対馬が危ない

草莽崛起-PRIDE OF JAPANさんから引用です。
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▽以下引用▽
対馬が危ない-行幸啓記念碑の土地も韓国人が買収
2008/09/2620:06
行幸啓記念碑の土地も韓国人が買収

対馬の「韓国化」は、国防への危機もはらんでいた。友納氏らの案内で竹敷町にある「RESOT TSUSHIMA」を訪問した。ここは、週刊誌にも取り上げられた問題の場所である。

平成二年、天皇皇后両陛下が長崎県行幸啓の際、お立ち寄りになり真珠工場をご視察になられた場所で、「これからも良い真珠を作って下さい」とお励ましのお言葉を残された地である。

ここには「行幸啓記念の碑」も建立された。友納氏の解説では「かつて八十億円の利益を産んでいた真珠産業は次々に廃業し、両陛下がご覧になられた真珠工場も閉鎖。その後、土地は全て韓国資本によって買収されてしまった」とのこと。韓国風ホテルが立つ敷地の管理人(韓国人男性)に「碑を見させて欲しい」と申し出たが「客を迎える準備があるから見せられない」と堅く拒まれた。

この買い占められた土地は、海上自衛隊対馬防備隊本部と隣接していた。「当初、真珠業者は自衛隊に買って欲しいと要望したが、予算組みが出来ないと言っているうちに、韓国人により買収されてしまった。この『RESOT TSUSHIMA』だけでなく、この町は基地を取り囲むように韓国資本が多数入っている。竹敷は、韓国村・韓国集落になってしまった」(友納氏)。

また他の方から聞いた話では、対馬にはレンジャー部隊経験者など精鋭部隊が駐屯しているが、その弾薬数が極度に少なく、有事になり、攻められた場合、弾薬がすぐ尽きるので退却命令を出さざるを得ない状況であるという。

●「防人新法」の制定を

対馬には、大小様々な神社が五百社程あり神社密度が日本一高いといわれている。神話が豊かに息づいており、原生林も多く美しい島であるので、世界遺産に指定しても良いのではないかと思うほどだ。また歴史的に国防の要・防人の島である。

神功皇后三韓征伐や白村江の戦い敗北の後、防人がおかれ、半島防衛の最前線の要塞として金田城が築かれた。その城跡は今も残っている。中世には、藩主・宗助國公がわずか八十余騎で蒙古の大軍を迎え撃ち、壮烈な死を遂げた。

武末氏は自身が営む介護保険施設の建つ場所について、「豊臣秀吉朝鮮出兵の折りに加藤清正黒田長政毛利輝元等々名だたる武将が対馬に集結、日の丸を旗印として朝鮮へ出兵した日の丸発祥の地です」と誇らしく語っていた。

近代には軍事要塞化されたが、日露海戦でロシアのバルチック艦隊対馬海峡で破ったことは有名である。このように対馬は、我が国にとって常に国防の最前線であった。にもかかわらず対馬の子供たちは、日韓交流の歴史は教えられてもこのような「防人の歴史」は知らない。学校で教育されないのだ。

しかし、七月二十三日の韓国退役軍人の抗議活動に業を煮やして、防人の島として対馬を立て直そうとする動きが起こっていた。財部能成市長(円内写真)と自民党対馬市議団である。市長は「防人の島新法」を本年八月に長崎県議会に要望した。

市長は我々との会見で「日本の国が国土として対馬を活かすことが大切。安全保障の観点から外国資本による土地買収が出来ないようにすることも重要。離島が生きるには、人が大切である。全国に対馬ファンを作ることが大切」と述べた。

また対馬市議団は十九年に「国境離島活性化特別委員会」を設立し、国境の島対馬を守る、「新法」の作成に着手してきたことを我々に説明した。趣旨は?国の直轄で日韓の間に競合している漁業区域の安全確保を?韓国の釣り観光客の撒き餌問題について警察は及び腰であるが国家間の問題として対処を?原油高問題格安で日本人が旅行できるようになどを挙げていた。

市長、市議団は国境の島、防人の島として、国が対馬を特別に位置付けない限り、対馬は存続しえないことを強く訴えている。

生きるために土地・安全・精神文化を切り売りする「アリラン派」。それを必死で防ごうとする「防人」が戦っている。このまま日本人が減り、韓国人住民が増え続けて、仮に外国人参政権が認められるようなことがあればどうなるか。

対馬の議会は乗っ取られ、島自体もたちまち韓国に乗っ取られる。対馬の状況を見れば安易に外国人参政権など認めることが如何に問題であるか明らかだ。日本国家として国境の島・対馬を守るために、特別法の制定に取り組むことが急務である。対馬を第二の竹島にしてはならない。

●七月二十三日・韓国抗議団の暴挙に対する「対馬島民の戦い」

じわじわと「韓国化」されつつある国境の島・対馬の現状に対して、島の内外に警告を発し続け奮戦している現代の防人(さきもり)-が対馬にはいる。視察団の案内役を買って出て下さった友納徹氏、長郷照美氏、芳村昭美氏である。

今年七月二十三日、韓国退役軍人が対馬に乗り込み、対馬市役所前で「竹島を日本領土だとする主張について即時謝罪と撤回」を求めて抗議活動が展開されることを事前に知った三氏は、かかる韓国抗議団の暴挙に対処すべく急ぎ準備に取りかかった。

芳村氏はインターネット等あらゆる媒体を駆使して韓国抗議団の行動予定の情報を収集した。その中で韓国抗議団が出そうとしているハングル語の抗議声明を入手した。韓国抗議団はハングル語しかできず、日本語を話せるものがいないようで、対馬市役所前でハングル語抗議声明が出されても、市役所職員もマスメディアも何を主張しているか分からないだろう。

これではマスメディアが取り上げにくくなると推測し、韓国抗議団の抗議声明文を和訳したものを用意し、さらにその抗議声明に対しての反論を付け加えた。竹島が日本の領土である歴史的事実を適切にまとめた対馬住民から韓国抗議団への反論である。

芳村氏は、夜を徹してそれらの文書作成を行った。七月二十三日当日、韓国抗議団二十一人は対馬市役所前で抗議活動を展開した。彼らは「独島は我々の島だ、日本が竹島の領有権を主張するのは侵略行為」と書かれたTシャツを着用し、「日本が竹島領有の主張を撤回しないなら、対馬は韓国領土だと主張する」と宣言し、横断幕を掲げた。

さらに抗議団は韓国国歌を歌い始め、韓国国旗を身にまといながらバリカンで頭を坊主にし始めた。

さらに指を噛みちぎって血で韓国国旗にハングル語で「独島は韓国領土」と書いた。その血は歩道にしたたり落ちていたという。(我々も今回その場所に案内頂いたが、小さな柵を隔てて幼稚園に面する場所であった。幸い幼稚園は夏休みだったと言うが、父兄はテレビなどでその光景を見ているだろう。)

この韓国抗議団の暴挙に長郷氏は「韓国は間違っている!」と日の丸を掲げて抗議の声を挙げた。友納氏も、芳村氏が徹夜で作成した「韓国抗議団の声明書とそれに対する抗議文書」を報道陣と韓国抗議団に手渡し、「あなた達の言っていることは間違っている。

対馬は日本の領土だ。帰れ!」と毅然と抗議した。その両氏の姿勢に勇気を得て、周囲に集まっていた対馬島民からも「帰れ!帰れ!」との声があがったという。

さらに韓国抗議団に対して友納氏が「血が歩道にしたたり落ちている。拭いて帰りなさい。バリカンでそった毛も落ちている。一本残らず拾って帰りなさい!」と叫ぶと、対馬島民の迫力に押されてか韓国抗議団は、血を拭き、毛を拾い始めたという。

「あれだけの抗議活動を展開しておいて掃除をし始めるとは…。おそらく韓国から対馬住民とはトラブルを起こさないようにと指示が出ていたのだと思います」と友納氏は語った。

韓国退役軍人の暴挙に抗議する対馬島民の姿は、新聞や地元長崎のテレビニュースで放映され、インターネットを通じて全国に配信された。勇気ある三氏の行動によって、韓国人の暴挙を決して許さない日本人の姿が全国に、そして韓国にも示された。現代の防人たちは対馬を守り抜いたのである。しかし、戦いはまだまだ続く。

友納氏は三氏を代表してこう語った「我々は、七月二十三日を対馬が韓国に公然と侵略された日として銘記しなければならない。これまで我々は孤軍奮闘していたが、東京、神奈川、茨城、静岡、大分から多くの同志が対馬まで駆けつけてくださった。大変勇気を与えられた。これからも力をあわせて闘いましょう」。
△以上引用△